日本武道学会会長 大保木 輝雄
昨年の大会は九州で開催、一昨年は大阪、そして今年の58回大会は関東での開催となりました。コロナ禍による対面開催規制が解け、従来の「対面」での大会が復活されて三年目の大会となります。そのような本大会の開催に際し、一方ならぬご尽力とご配慮いただいている法政大学の永木耕介委員長・小田佳子副委員長を始め実行委員の皆様に厚く御礼申し上げます。また、同大学副学長澤柿教伸教授には、2020年の第63次南極地域観測隊越冬隊長を務められた経験から極限状況下での隊員の安全確保などの「リスクマネジメント」についてご講演をいただけます。武道における「危機管理」の問題を改めて問う契機となるのではないでしょうか。どうかよろしくお願い申し上げます。

さて、本学会は、コロナ禍後のAIの諸機能の活用を踏まえつつ、「武道」の「伝統と文化」の具体的な内容について、国の内外を問わず発信する使命を帯びるようになりました。
本部企画では「武道稽古の多様性:オンライン稽古・指導における身体性を考える」と題するシンポジウムが開催され、eスポーツやコロナ禍による対面不能の時期に工夫されたオンライン活用の稽古・指導における新たな時空での身体性について議論がなされます。それは、対面性への新たな視点を提供することに繫がるのではないでしょうか。
ところで、武道の世界への普及が嘉納治五郎師範の功績にあったことはよく知られています。嘉納は1928年に第九回オリンピック競技会(アムステルダム)に臨席し、ベルリン、パリ、ローマ、ロンドン、アムステルダム、ジュネーブなどを訪問。翌年の昭和4年(1929)の天覧試合の開催後に出版された『武道寳鑒(宝鑑)』(昭和5年)に著した「天覧武道試合所感」に、当時の世界への普及状況を以下の様に綴っています。
「柔道に就いて云へば単に我国のみならず近来欧米各国で盛んに行はれるようになり、殆ど一種の流行をなしている観がある。一昨年私が独逸伯林(ドイツベルリン)を訪れた時、同市だけでも既に十数個の柔道俱楽部が設けられ、其の会員の如きも一万数千人の多きに及んでいるといふ話を聞いた。更に進んで同国の柔道をナショナル・スポーツにせんとする運動さへ起こっている。伊太利(イタリア)にも広く普及して居り、英国も年々盛んになり、又、羅馬尼(ルーマニア)では摂政宮殿下が御躬ら総裁となられ、同国の警視総監が会長となり立派な組織が出来ているとのことである。又埃及(エジプト)の如きも最近羅馬尼に倣って柔道を奨励することになったとの報道に接した。」その他、米国に於て盛んに行われ、中国、インドでも実施され「柔道の世界的進出は実に刮目すべきものがある」と述べる。さらに、「さりとて今後我国が柔道に対して十分の研究と改良とを加えず、その奨励を怠るようなことがあったならば、上記の諸国に株を奪われて了(しま)ふ如き虞(おそれ)なしとせぬ」との憂慮が綴られています。
嘉納師範は武術による人間形成論を中核として体育法・勝負法・修心法の三つの方法を柱として「柔道」を提唱し、海外の人達にも納得できる論理を展開してきました。戦後のGHQ支配下にあっての武道禁止令を経て、1964年の東京オリンピック開催時に設立された「日本武道館」、1968年の「武道学会」の開設などの底流には嘉納精神が息づいています。「武道」とは何かを発信するという新たな「嘉納師範の憂慮」は、柔道や武道の根幹をなす「一本」と「自然体」の読み解きによってこそ応えられるのではないでしょうか。
法政大学 理事・副学長 澤柿教伸(さわがき たかのぶ)
日本武道学会第58回大会の開催を心よりお慶び申し上げます。また、法政大学多摩キャンパス・スポーツ健康学部が、全国各地よりご参集いただいた日本武道学会の会員皆様による研究成果の発表の場となること、大変喜ばしく存じます。

法政大学は、1880年(明治13年)に産声を上げた日本最古の私立法律専門学校「東京法学社」が前身であり、2030年には創立150周年となります。今日、法政大学の学生総数は30,000人弱で、この多摩キャンパスと市ヶ谷キャンパス、小金井キャンパスの計3キャンパスで全15学部から成っています。多摩キャンパスは、東京都の西端、神奈川県に接する位置にあり、豊かな自然に囲まれた環境にあります。多摩キャンパスには経済学部、社会学部、現代福祉学部、スポーツ健康学部の4学部があり、学生数は約8,700人を擁しております。
スポーツ健康学部は、2009年にスタートした若い学部であり、学生数は約800人弱と法政大学の中では小規模ですが、2016年に大学院修士課程、2020年に博士後期課程を設置し、順調に歩んでおります。「スポーツを軸にして健康を学問する」というコンセプトのもと、スポーツコーチングコース、スポーツビジネスコース、ヘルスデザインコースの3コースがあり、トップアスリートを含めた個性豊かな学生が勉学に励み、卒業後は企業をはじめ医療系、教職、アスレティックトレーナーなど多様な職種に進んでいます。
多摩キャンパスでは、練習場所・拠点の関係から課外活動の「武道」はほとんど行われていませんが、市ヶ谷キャンパスなどにおいて、伝統のある柔道部、剣道部、空手道部、弓道部等が熱心な活動を行い、全国的にも活躍しています。
私の専門は自然地理学で、「地球環境を見続けること」をモットーとしております。第63次南極地域観測隊に越冬隊長として参加した経験から、「隊員の安全確保」をはじめ、極限状況におけるリスクマネジメントについても多くを学んできました。それは武道の世界に通じる点があるかもしれません。なお、昨今の地球温暖化による気候変動には注意すべき点が多々あります。どうぞ皆様、体調に留意して学会大会へお越しください。
本大会の実施にあたり、大保木輝雄会長をはじめ日本武道学会の役員の皆様、実行委員各位のご支援に感謝申し上げます。参加者の皆様が新たな知見を得るとともに交流を深める機会となることを心より願っております。
最後に、日本武道学会の今後益々のご発展を祈念し、ご挨拶とさせていただきます。